ぼきゃびゅらりお・けむりかーな  (けむりすと用語集)



 けむりプロとその影響下にあった面々が仲間内で、また作品中に使用した造語および一般通例と異なる用語法は相当数にのぼるが、最近では使い手が減少するとともに、正確な意味・用法・語源等が忘れられつつあることを危惧する向きも無いではない。そこで、誤解や誤用を防ぐため用語集を編纂することにした。
 対象として「けむりすと」に頻繁に使用された語彙を集めたが、けむりプロの発案になるもののうち意味・用法が難解なため人口に膾炙することの無かった語(例えばイメージオルシコン、デューセンバーグ、メッシュの理論)などは割愛した。これらの語に関しては、「われら市民芸術の旗手たらん けむりプロ"鉄道写真"を語る」(キネマ旬報「蒸気機関車」No5=69年夏の号掲載)や「ひょうたんつぎけむりかあな 鉄道語録集」同No17=72年新年特別号掲載)などを当たられたい。
 語の選択基準は恣意的である。特に絶滅が危惧されている用語については見出し語の後に[危]マークを付した。なお、解説文中では敬称を略している。
 あえて付言するまでも無いと思われるが、これらの用語の使用に当たっては相手が「けむりすと」であるかどうかを確認のうえで行うことが肝要である。「一般の鉄道ファンに通じない」「使ってみたら趣味界の先輩にバカにされた」等の苦情があっても編集者は一切関知しないので、予めその旨をお含みおきいただきたい。



あし~かみ  かぜ~くさ  ぐる~さー  さー~じん   すう~そす  たね~でゅ   でる~   なん~



あしべつ
けむりプロ結成のきっかけとなった三菱鉱業上芦別鉱業所の専用鉄道のこと。国鉄根室本線上芦別駅から鉱業所まで約8キロ。途中の辺渓(ぺんけ)から油谷炭鉱へ支線があった。1963年に大夕張鉄道より9201と9237が9600と交換で入線。翌年に閉山となるまで使用された。正式名称は「芦別専用鉄道」のようだが、隣の芦別駅から三井芦別鉄道が出ていたので、「上芦別」と呼んで区別されることが多い。もっとも、「けむりすと」にとっては、三井芦別の方を「あしべつ」と呼ぶ習慣は無く、「あしべつ」「かみあしべつ」「かみあし」全てが9200の居た専用線の呼び名として使われている。

ありさん
台湾の森林鉄道。新高山の西斜面をスパイラルやスィッチバックを多用し最急勾配66.7‰で登るため、日本統治下で建設された当初から米国LIMA社製のシェイ・ギヤード・ロコを使用した。戦後長らく軍事管理地域であったが1966年に井上一郎・梅村正明・河合正・杉行夫の4人が撮影に入り、「鉄道ファン」No62(66年9月号)に「台湾の汽車-2」を発表したことで広く知られるようになった。この記事に掲載されたシェイの夜間撮影が、つげ義春「ねじ式」に模写されて使われたことは意外と知られていない。阿里山から奥の林場線を含む全体像はキネ旬「蒸気機関車」69年春の号と「鉄道讃歌」で見ることができる。

いーはとーぶ
イーハトーヴ、イーハトーヴォとも書かれる。宮沢賢治の童話に登場する架空の地名。「岩手」の語尾をエスペラント風にした「イーハトーヴォ」に由来するとされている。こうした命名にこだわる宮沢賢治の創作スタイルは、「セント・アメシスト鉄道」「寸少(すんすこ)軽便鉄道」などを経由して、心象鉄道の概念と「なんかる」にも継承されている。

    
いんくら
インクラインの略。急勾配を登るためワイヤで車両を引き上げる森林鉄道や鉱山鉄道に多く見られた設備。語源は英語の<incline>=傾けるの意。森林鉄道の現場でもしばしば「インクラ」と略して使用されていた。語根は<clin>の部分なので、「インク+ライン」ではなく「イン+クライン」であることに注意。

おしゃまんべ
他人を押しのけて目立とうとするでしゃばった態度のこと。ここには、自己を表現しようとする行動に対する肯定的な評価も含まれていることに注意。おもに写真や作品の発表について使用され、単なる自己中心的な(例えば有名撮影地で他人の前に立つとか、宴会で旨いものを独り占めしようとするような)行動は「おしゃまんべ」とは呼ばれないのが普通。

おめがるーぷ
ギリシャ文字のΩの形に曲がっている線路のこと。「草軽のこと」(キネ旬「蒸気機関車」68年1月号掲載)で使用されたのを嚆矢とする。一部厳密を期する鉄道ファンのなかには、オメガの根元部分は交差していないのに「ループ」と呼ぶことを不適切と考える人もいるようで、「オメガカーブ」あるいは単に「オメガ」と呼ばれることもある(使用例「助六のダブルオメガ」)。なお、「けむりすと」の中では、「オメガカーブ」は語感が不評であまり使われない。⇒実例(上松のΩ)

かみあしべつものがたり
①1969年1月発行の「SL」誌No2巻頭を飾ったけむりプロの作品。12ページで写真16枚。②けむりプロ「鉄道讃歌」の巻頭を飾った作品。28ページで写真34枚。両方に共通する画像は4点しかなく、前者は「上芦別ものがたり」、後者は「上芦別物語」とタイトルも区別されている。鉄道廃止から約5年をかけて膨大なストックから僅か46カットを選び抜いた陰に、あとどれだけの未公開画像があるのかは知られていない。

かぜかる [危]
けむりプロの影響を受け、キネ旬「蒸気機関車」誌上に数編の作品を発表したグループ「日本風軽鉄道研究会」の略称。その文章は当時の鉄道雑誌に載ったアマチュアのものとしては相当に高いレベルであったが、題材や写真が地味だったせいか、後の世代にはまったく忘れ去られているようである。

きせる
語源はカンボジア語の<KHSIER>と言われる。一般には喫煙具あるいは乗車区間の途中料金を払わない不正行為のこととされているが、けむりすとが「きせる」という時は「煙管(きせる)プロダクション」のことを指す。1966年に慶応高校鉄道研究会で出会った石川良一、平川洋一が中心となり、橋本一郎、伊藤英二(デザイン担当)らを加えて結成したグループで、キネ旬「蒸気機関車」に20数編の作品を発表しているほか、けむりプロ、汽車くらぶとの合作もある。

きねじゅん
映画雑誌「キネマ旬報」が1967年から81年まで発行していたグラフ誌「蒸気機関車」のこと。けむりプロ、煙管プロが多数の作品を発表したほか、蒸気機関車の新しい映像表現に挑戦する多くの若い世代に紙面を提供した。最初は「キネマ旬報増刊」として、次には「月刊 蒸気機関車」そして「季刊 蒸気機関車」さらには「隔月刊」と発行スタイルが変化し、そのたびに通しナンバーを改めたり(改めなかったり)したため、「No2」「No3」などは3種類もあったりするややこしいことになっている。状態の良い古本は多くないので「けむり」「きせる」の作品群をすべて集めるには相当の努力を要する。

きるん きーるん  基隆
台湾にあった基隆煤鉱(炭鉱)の専用線。軌間2フィートで、楠木製作所製などの蒸気機関車を使用。「台湾の汽車-6」(「鉄道ファン」66号)で紹介されたが、これは解説なしに写真だけで構成されている当時としては異色の記事だった。キネ旬「蒸気機関車」69年春の号で「けむりプロ」による作品が掲載され、「SL」誌No5では全日本小型機関車研究会(「はなはな」の項参照)がこの鉄道から機関車を購入した経緯とともに、杉行夫名による写真と文が掲載されている。現在、成田「ゆめ牧場」で動いているNo3とNo6は、この鉄道に在籍していた機関車。

ぎる
使用されていない道具・器具類を、その本来の用途に活用すべく奪取する行為を指す動詞。

ぎんがてつどう
The Milky Way Railroad Co.の別名。1971年、片岡俊夫、永沢吉晃、松本典久、水上陽介、宮坂和人(50音順)の5名により結成。「鉄道ファン」等に作品数点を発表。名称は宮沢賢治「銀河鉄道の夜」と関係があるが、「銀河鉄道999」とはまったく関連は無い。後にPPA、ブルーベル等のメンバーを加えたThe Milky Way Workshop へと発展的解消を遂げた。

くさのじゅうたん
丈の低い草がいちめんに生えた草原。けむりプロ作品では、「野辺山きよさと甲斐大泉」(キネ旬「蒸気機関車」68年4月号)のイメージマップに硫黄岳山頂付近の草原がこの名で登場したのが最初。湿潤な気候の我国では標高の低いところで自然にそうなるのは珍しいが、頸城鉄道の百間町や明治村など、日本海側の降雪地帯では春に線路が「草のじゅうたん」となるところがあった。

ぐるーぷ・おかめきんとき
国学院久我山高校在学中に、荒井幹人、桟敷勇次郎、松本典久が組んでいたグループの名。

げたでんながれ [危]
73系のような旧型の通勤電車がローカル線に転用されていること。かつては身延線、大糸線、飯田線などで旧型国電が活躍していた。101系以降の通勤用電車は普通「ゲタ電」と呼ばないので、<ぎんがてつどう>による数少ないマトモな造語であるこの語も、実物の消滅とともに存在意義を失った。

けむり

①けむりプロ(下島啓亨、倉持尚弘、青山東男、井上一郎、杉行夫、梅村正明、内田真一=以上年齢順=が結成したグループ)のこと。②蒸気機関車の煙突から出る煙。

けむりすと
けむりプロの影響を強く受けた者の総称。

こころがすもーる
一般に知られていない鉄道について遠方から手紙で誰かが問い合わせてきたときに、とぼけて教えないような偏狭な精神のこと。決して「心がナロー」と言ってはいけない。インターネットの時代になって誰もが自分の「発見」を得意げに公表するようになり、このような行動は激減したので、現在形で使用されることは稀。

こっそりひっそりめだたずに
1971年に「鉄道ファン」誌上で始まったシリーズ。同誌で大きく取り上げられることの無かった小鉄道や専用線などを素材に、そのおもしろさを際立たせる表現を追求したもの。第一回はコンパニー・バプール(→ばぷーる)の作品、幅の狭い凸電が走る明治鉱業平山の専用線だった。これで初めて大きく紹介されたものには、他に津田沼鉄道連隊の遺構、伊豆の金山跡、立山砂防軌道、遠山森林鉄道などがある。廃線跡を扱った作品が同誌に掲載されたのも、このシリーズが最初。

ごじゆうにおもちください
「ぎる」名目が立たないもの(例えば廃止された鉄道のダイヤ等)を持ち帰ったときにする言い訳。「ご自由に…って書いてあったんだもの」のように使う。

さーくるけい
表記は、さーくる"軽"またはcircle"K"であり、コンビニとは何の関係もない。「鉄道模型趣味」の読者が集まった「軽便鉄道同好会」メンバーのうち、橋本真、加沢宏、大久保清、長門克巳が結成したグループ。70年代初めに、2フィート6インチの軽便鉄道をHOスケール9mmゲージで表現し、日本のナローゲージモデルの一つの標準を確立した。後に「けむりプロ」の倉持尚弘らとの新プロジェクトである87precinct(→はちななぷりしんくと)に発展する。

さぶろく
軌間3フィート6インチ(1067mm)の鉄道および鉄道車両のこと。これに倣って2フィート6インチを「にぶろく」と呼ぶことがあるが、「ぶ」の部分にやや無理があり「けむりすと」的には非推奨とされる。

さんじゅういんち
軌間2フィート6インチ(762mm)の軌道の別名。使用され始めたのはごく最近である。「2フィート6インチ」「2フィート半」より言い易いという利点があるが、広まるかどうかは未知数。

さんでぃーりばー
米国東北部メイン州にあった2フィートの鉄道 SANDY RIVER & RANGELEY LAKES RAILROAD のこと。長大な線路網と充実した車両群を有し、"Maine Two Footers"をはじめ単行本も数冊出ているので、我国でもアメリカ型ナローゲージファンには古くから知られている。特にオープンデッキの客車などがポテンシャルが高い。

しぐなるとしぐなれす
①宮沢賢治の童話。本線の信号機「シグナル」(男性)と軽便鉄道の信号機「シグナレス」(女性)の恋を描いた小編。現在、WEB上の「青空文庫」等で全文が読める。賢治研究者によって、花巻駅にあった東北線と岩手軽便鉄道の信号機から着想を得たと推測されている。②スケールの異なる腕木信号機が並んでいるさま。

しんしょうてつどう
宮沢賢治の詩に添えられた「心象スケッチ」mental sketch modified という言葉を元に、けむりプロがつくった概念。心のうちに形づくられた理想の鉄道の姿。その要素は、軌道や車両にとどまらず、歴史や風土、文化などを織り込んだ、心豊かな心象風景と物語によって構成される。心象鉄道そのものは、各人の精神の内にしか存在しないが、それを文章や写真、絵や図面などの二次元世界に表現することは可能であり、模型化されれば三次元空間に投影されたものと言える。紙媒体に発表されたものとしては、けむりプロ「南部軽便鉄道」(→なんかる)と、「山吹軽便鉄道」(とれいん創刊号)がある。

じさいだ
地方の小メーカーによる個性豊かなサイダー・ラムネ類の総称。1970年代の初頭に、「地酒」に対して「地サイダー」という概念があっても良いではないかと考えたPPA・杉鉄出版会メンバーによって命名され、実際に「地サイダ研究」も行われていた。21世紀になって、「昭和」の懐かしいもの探求ブームの一環として地方に残るサイダー・ラムネが脚光を浴び、いまではウィキペディアにも「地サイダー」の項目が存在するが、残念なことにオリジネイターにはまったく光が当てられていない。

じんくろ
レールを曲げるための万力に似た工具。語源は英語の<Jim Crow>(黒人労働者への蔑称)ではないかと言われているが、なぜそれが工具の名に転じたのか、どういう経路で日本全国の鉄道建設の現場に普及したのかは謎である。キューバでは<homble viejo>(老人)と呼ばれる。現在、保線の現場では油圧の大型レールベンダーが使われている。


すうぇいばっく   swaybacked(英)
本来、背骨や梁が湾曲している状態を指す語だが、モデラーの間では古くなった車両や建物の屋根が梁が撓んで下がっている状態を指して使われる。かなり古くからTMS誌上で使われており、ジョン・アレンのG&D鉄道あたりがネタ元と思われるが、最初にこのような特殊な単語をそのまま日本語に持ち込んだのが誰かということは判明していない。


すぎなみてつどうしゅみしゅっぱんかい
同人誌「れいろを」を発行した団体。名称の由来は、当時、謄写版印刷機を所有していた桟敷兄弟と、松本典久の家が杉並区内だったことによる。後に、初期の羅須地人鉄道協会の印刷も一手に引き受けた。線路脇に杉の木が立つロゴマーク(右画像)を鉄筆ガリ版刷りで作成していたことは偉業といえよう。なお、略称で「杉鉄出版会」と書かれる時には読み方が「すぎてつでっぱんかい」に変わり、これを知らないとモグリとされる。

すてぃーむとらくしょん
蒸気自動車の動力装置をさす言葉。steam traction engine の略。英国では19世紀に蒸気動力の自動車が開発されたが、公道を走る車両が法律によって規制されたため、農業用トラクター以外は発展しなかった。米国では20世紀初頭に数社のメーカーが生産していたが、ガソリンエンジンの普及によって市場から駆逐された。英米では、スティームトラクターは現在でも根強い人気があり、動態保存されているものも多い。日本にも輸入され、国産化を目指した例もあったが実用には至っていない。視覚的な分野で創作をする作家の琴線に触れることが多いのか、古くはヴァージニア・バートンの絵本「マイク・マリガンとスティームショベル」があり、ジブリの「ハウルの動く城」や大友克洋の「スチームボーイ」では蒸気動力が主な移動手段となっている世界が舞台とされている。

すてぃーむとらむ    steam tram(英)
tram tram-car は道路上の軌道を走る車両のこと。アメリカ英語では通常 street car または trolly car と呼ばれる。19世紀末から20世紀初頭にかけて、欧米では蒸気動力の tram-line が存在したが、蒸気機関車が牽引する列車が併用軌道上を走るタイプの他に、箱型の車体にボイラーと動力伝達装置を内蔵したものがつくられ、この種の車両をスティームトラムと呼ぶことが多い。日本でも、明治末期から大正にかけて、各地で併用軌道を走る軽便鉄道が敷設されたが、欧米のスティームトラムタイプの車両が長期安定的に使用された例は知られていない。なお、tramway という単語は、英国では産業用の軽鉄道、米国ではロープウェイに使われるので注意が必要である。

そすいりょう   蘇水寮
木曽森林鉄道の滝越停車場の少し先、上黒沢沿いにあった白川製品事業所の職員寮。本線から分岐した線路はSカーブした桟橋を通り、道路を横断して二階建ての建物の正面に突き当たる。そこからバックして機関庫に入る配置が模型のレイアウトを思わせ、森林鉄道ファンに人気があった。煙管プロと汽車くらぶの合作「残された森林鉄道を求めて 木曽森林鉄道」(鉄道ファン150号)に初めて写真が掲載され、「木曽森林鉄道」(プレスアイゼンバーン刊)では4ページを割いて紹介された。建物は廃線後も残っていたが焼失し、現在はイワナ養殖場の駐車スペースとなっている。

たねやまがはら
①岩手県にある物見山(種山)周辺の高原地帯。宮沢賢治が作品中で多くとりあげていることで有名。②羅須地人鉄道協会が、町田市小野路で活動していた場所の名。丸越商事の社長から無償で提供された土地に最初の線路敷設をした1973年から、周辺の一帯を勝手に名づけてこう呼んでいた。通称「たねやま」。拠点を糸魚川の東洋活性白土専用線に写した後も、長期にわたり車両や資材の置き場として使用していたが、現在は線路等は残っていない。

だっくす   Dachs(独)
ブラジルのEFPP(→ぺるす)の二代目一号機であるボールドウィン製C1アウトサイドフレームサドルタンクに、「けむりプロ」が付けた呼び名。ダックスフントを思わせる形態であるのが、名前の由来。87precinctによって、1Cテンダー機を含むシリーズとして模型化され、1973年に珊瑚模型店から発売された。

てぃんばーとれっする  timber trestle(英)
トレッスル橋 trestle bridge は、スパンの短い橋脚を並べるタイプの橋のこと。国鉄では餘部鉄橋がその例。桁や橋脚に木材を使用するものがティンバー・トレッスルと呼ばれる。線路敷設の際に仮橋として架けられ、後に鋼材やコンクリートに変更されることが多かったが、産業用の軽鉄道や、周囲に材料が豊富にある森林鉄道の場合は、長期間使用される例があった。日本の鉄道現場では、形状にかかわらず材質のみを基準として「木橋」と呼ばれる。

てつどうさんか  鉄道讃歌
1971年初めに交友社から発行されたけむりプロの単行本。上芦別物語(28p)、貝島炭坑(12p)、8100抄(10p)、軽便のこと(8p)、忘れえぬ蒸気機関車たち(14p)、基隆と阿里山ほか台湾の鉄道(54p)、ダージリン(24p)、巻末には機関車についての解説(臼井茂信)や撮影記録付けられている。表紙は列車の写っていない阿里山の写真がオリジナルで、後にシェイの写っているものに変更された。発売当時は現役の国鉄蒸機が載っていないためファンの関心を呼ばず、「歌の本」と勘違いされた等のエピソードがある。時を経るにつれ、鉄道ファンの制作した本では最高水準であるとの評価もされるようになり、現在は古書店にもめったに出回らず良い状態のものを1万円以下で入手するのは不可能である。

てつどうびがく 鉄道美学
鉄道の美しさを論じ、表現するためにけむりプロが提唱したコンセプト、あるいは方法論。機関車を中心とした鉄道、自然風土、人間社会を3大要素とし、その融合に美しさを見出すことを根幹とする。「等高線理論」「メッシュの理論」など分野別の各論は、その中に含まれる。実物から模型まで、対象へのアプローチ方法から表現技法にいたる広範な領域をカバーするが、「鉄道讃歌」発行後には87precinctや羅須地人鉄道協会など各分野での活動が盛んになったため、各論については体系化・整理されぬままとなっているものが多い。

でべろっぱーおかめきんとき
PPAの桟敷兄弟が、仲間うちのネガ現像を引き受けていた時期に、営業用に使用していた名前。"laboratory in lavatory"というキャッチコピーを掲げていた。

でゅーんばぎーずひるさいど [危]
dune buggy とは、砂地で行うカーレースのこと。小海線野辺山~信濃川上間の西川鉄橋から東に、かつて未開墾の広大な斜面があり、けむりプロ「野辺山きよさと甲斐大泉」(「キネ旬 蒸気機関車」68年4月号)のイメージマップで「デューンバギーに向いた斜面」という意味で命名された。その後この一帯は樹木が生長し、70年代半ばには緩斜面がすべて野菜畑になってしまい、当時の趣きは失われている。

でるた  Δ(希)
①三角州のこと。②ミシシッピ川下流、ヤズー川とミシシッピ本流にはさまれた地域のこと。実は三角州ではなく、氾濫原(沖積平野)である。「ブルーズの故郷」とされ、近辺で生まれ育ったブルーズのことを「デルタ・ブルーズ」と呼ぶ。③鉄道車両の向きを変えるために三角形に敷かれた線路。旧国鉄用語では「三角線」。北米では「ワイ(wye)」、英国では「トライアングル」。日本では珍しいが、北米には終点で列車全体を転向させるための広大な「ワイ」がしばしば存在した。

とぶ/とんでる
車両が軽快に走っている様子を表現する動詞。「いま大鹿からモーターカーがとんでる」というように、実際に森林鉄道の現場で使用されていた。

どんきー
steam donkey (森林鉄道用の蒸気駆動集材機)の略称。北米では移動用ソリに縦型ボイラが載っているものが標準の形とされており、ドンキーのファン、ドンキーのみを取り上げた専門書も存在する。我国では、屋久島、秋田営林局管内に導入されたことが分かっているが、全国的に普及はしなかった模様で、ガソリンエンジンの集材機が広く使用されるまでは修羅や木馬のような旧来の集材法が主流であった。そのため資料もほとんど残っていない。

ないでじがん
「時間が無い」と言い訳しつつ安直に他人の作品を模倣する行為を表す修飾語。「ないでじがんの○○」のように用いる。「ひょうたんつぎけむりかあな」では、「ないでじがんの写真」について、時間だけでなく「自主性が無い」と定義し、<鉄道趣味誌の有名な写真と同じものをわざわざその場所へ行って再生産した写真>だと説明している。

なべとろ
砂利や土を運ぶための三角のバケットを持つトロッコのこと。仏Decauville社の発案と考えられ、我国では主に河川工事の現場で用いられた。臼井茂信「ドコービール小史」(鉄道ファン112号)に明治31年内務省が「5勺積鍋トロ760台を輸入」という記述があるところを見ると、輸入時すでに「鍋トロ」の呼称が使われていたようだが、誰がなぜこの名をつけたのかは定かでない。バケットの断面が鍋に似ていたからという説もあるが、鉱山でよく見られた丸底の鉱車の方が断面は鍋に近く、推測の域を出ない。英語では ore car の一種で、使用法に即して dump car と呼ばれることもある。

なるちゃん
自分が撮った写真や作った模型を眺めて悦に入ること。ナルシシズムに由来。けむりプロが週末の会合を「なるちゃんの土曜日」と称したことから広まった。使用に当たっては、行為をさす語であることに注意。最近の若者が使う「ナルシー」のように人や性格を指すわけではない。「なるちゃんする」は許容範囲だが、「誰それはなるちゃん」という表現は誤用。

なんかる
「キネ旬 蒸気機関車」68年6月号・夏の号の二回に分けて連載されたけむりプロ「南部軽便鉄道」のこと。東北地方を舞台に、このような軽便鉄道が存在したらさぞ素晴らしかっただろうと思う物語を、未公表の写真と文章・地図・図面などを使って表現したもの。心象鉄道の具体化の例。モデラーなら自分のレイアウトについて歴史や背景などの設定を考えるのは珍しくないが、発表当時は知られていなかった謎の機関車や場所を特定しにくい写真を使用するなど周到な配慮がされていたので、関心を持って読んだ若者の多くが実在する鉄道だと信じて地図を探すはめになった。また、鉄道史研究家から「これは○○の図面のはずだが…」という投書が届いた等のエピソードがある。

にじゅっぺーじしりーず
けむりプロのメンバー杉行夫、梅村正明が作成したアルバム。現在は市販されていないコクヨの六切サイズのアルバムに四切のプリントを貼れば、断ち切りレイアウトが可能で、四切二枚を使って見開きにできるのに気づいたことが発端。台紙を綴じるための穴22箇所はプリントを切って穴を開けることで、台紙全面を活用した。頚城鉄道のコッペル、沼尻鉄道、瑞三工業、阿里山、台東線の5冊と、サイズの大きい貝島、後に作られた木橋のアルバムが存在し、一部のページは「鉄道讃歌」にほぼ同様のレイアウトで掲載された。

ねこんでるた
デルタ線内部が「草のじゅうたん」となっていて、ねころんで昼寝をするのに適している場所。「草のじゅうたん」は生えている植物によっては必ずしも昼寝に適するとは限らないので、非常に希少な存在。

ねんねんしゅみ   nennen(独)
 
「名づける」という意味のドイツ語の動詞から、モノや場所などに自分の心地よく感じる名をつけて満足する趣味のことを言う。「すがすが並木」「ひろびろ田んぼ」「ねこんでるた」などがその好例。

はちななぷりしんくと(はちじゅうななぶんしょ)  87precinct(英)
①エド・マクベイン作の小説。60年代初めにはテレビドラマ化されたものが日本でも放映されていた。ニューヨークをモデルにした架空の都市アイソラの「87分署」を舞台とし、「警官小説」というジャンルを確立した作品とされている。②「鉄道讃歌」の刊行後、けむりプロの倉持尚弘が「さーくる軽」の橋本真や大久保清らと組んで模型鉄道の新たな展開を模索したグループ。「鉄道模型趣味」誌上に"DACHS STORY"シリーズを発表し、後進のナローゲージャーに多大な影響を与えた。メンバーは他に加沢宏、長門克巳、西裕之。シリーズ最終回の記事では、他に「87同人」として、けむりプロの青山東男、杉行夫、梅村正明、内田真一、そして浦野克巳、並木成夫、磯部重武、倉持敏子、橋本聡子の名が記されている。

はなはな  87/87
1972年につくられた全日本小型機関車研究会の通称。同会は臼井茂信を会長に、けむりプロや交友社、プレスアイゼンバーンの人脈を中心に約30名で構成されていた。台湾の基隆炭坑で使用されていた楠木製作所製のBタンクを輸入し、国鉄小倉工場で整備後、埼玉県加須市の「むさしの村」や「日本海博」などに貸し出したが、会の方向性をめぐって意見が一致せず、機関車は「羅須地人鉄道協会」が引き取る形で活動を停止した。87/87というネーミングはHOスケールが1/87であることに由来するが、実物の鉄道であっても模型車両やレイアウトを作るようなセンスで運営しようという心意気の表現。

ばぷーる  vapour(仏)
①フランス語で蒸気の意。②鉄道ファン誌に1編だけ作品を発表した後、消え去ったグループ<コンパニー・バプール>のこと。メンバーは斯界の有名人M某氏、M某氏、M某氏などであると噂されていたが、自ら正体を明らかにしたことは無い。

ひだまりのこどもたち
「鉄道ファン」141号に「こっそりひっそりめだたずに」シリーズ第8回として掲載された「ぎんがてつどう」の作品。子どもと小鉄道の出会う世界を童話風の文章で表現したもの。このような原稿を同誌が掲載したのは、創刊以来初めてであった。車両を見つめたり線路脇で遊ぶ子どもたちの写真は、大部分が軽便鉄道の沿線で撮影されたもの。なお、文中に登場する人物名は、当時の同誌編集長M氏、趣味界の著名人A氏夫妻、M氏、I氏などに由来する。

ぶるーべる  blueball(英)
①欧州原産で青い釣鐘状の花が咲く植物の総称。各地に固有の種があり、British blubell, Spanish bluebell などと呼んで区別されている。宮沢賢治の作品中にも登場するが、我国の野草ではホタルブクロやツリガネニンジンなどが、これに相当すると思われる。②英国サセックス州にある保存鉄道。③70年代初頭に福井康文・田中春生の組んでいたグループ。「鉄道ファン」誌に九州の蒸機の素晴らしい写真を発表し、一部で「大木茂に続くのはブルーベルか」と話題を呼んだ。

 
へろへろれーる
保線の行き届いていない、あるいは仮設の軌道であるために、左右に波打つように激しく曲がっているレールのこと。命名者はPPAメンバーと思われ、それまで一部で使われていた「ちんたられーる」を駆逐した。その後、どういう経路で伝播したのか、かなり広範囲に使われているようである。河川工事や客土用の軌道では「へろへろ」が当たり前であった。客扱いをしている鉄道では、脱線の原因となるため直すのが普通だが、北海道の簡易軌道の終末期には「へろへろ」状態が放置されていた。

ほーぼー  hobo(英)
19世紀末から大恐慌時代にかけて北米大陸を鉄道を利用し放浪生活をした者たちのこと。(流れ着いた先で仕事があれば)仕事もするという点が、「浮浪者」とは違う。彼らの生活と、貨物列車に乗りこむ手法については「ジャックロンドン放浪記」を参照。ホーボー生活をしたことのある作家には、ジャック・ロンドンの他にジョン・スタインベック、ジャック・ケルアックがおり、歌手ではウッディ・ガスリー、ユタ・フィリップスが自身の体験に基づいてホーボー・ソングを作り歌っている。

ぽえてぃっく    poetic (英)
①詩的な、詩情あふれる、の意。②桟敷正一朗・勇次郎によるグループ、ぽえてぃっくふぉとアーティスツ(PPA)の略称。「鉄道ファン」で創刊以来初めて<車両のまったく登場しない>写真のみによる作品「廃線」と、<列車が走っていることは分かるが車両が鮮明に写っていない>写真のみで構成された作品「とうきょうかんだ」を掲載した。

ぽっとつき
その場の思いつきで良いアイデアを出したり、当意即妙の受け答えをすること。後者の例としては、レイアウト製作中に施工ミスによってカーブの外側が内側より低くなってしまったものを指摘された時に「これはトンカです」と主張するようなこと。

ぽてんしゃる
対象物の潜在的な価値について語るための鉄道美学の一概念。主に車両や工作物に対して使用される。当たり前の事だが、ある機関車が「ポテンシャルが高い」からといって、何も考えずにシャッターを押して良い写真が取れるわけではない。対象物の魅力を引き出すためにどのように狙うか、撮影者の力量が試されることになる。逆に「ポテンシャルの低い」車両であっても魅力的な作品をつくることは可能である。その実例としては、けむりプロ「ミルクを飲みに来ませんか」を見よ。

みるきぃ
①1952年に不二家が発売したキャンディー。ペコちゃんのキャラクターで有名。発売当時は10円だった。②ぎんがてつどう、または The Milky Way Workshop のこと。

めいぢむら
頸城鉄道の駅名。蒸機軽便の魅力を伝える不朽の名作(「鉄道讃歌」4p、RMライブラリー77「頸城鉄道」表紙)が撮影された場所。廃止直前の時期には、駅舎に掲げてある表示は「めいぢむら」、ホームの駅名票は「めいじむら」となっていた。


やかんまーく
けむりプロの使用したロゴマーク。第二作 TANK ENGINE 以来、全ての作品のタイトルに付けられており、カメラバッグや車のボディに貼るステッカーもつくられた。このステッカーは、やかんマークの周囲に KEMURI PRODUCTION / ESTABLISHED by KETTEL MARKER in 1957 と書かれていた。

やまばとや
王滝村滝越地区にあった民宿。名前の由来は学童列車「やまばと号」である。営林署で造林に携わっていた三浦源太郎・八重夫妻が経営し、訪れた鉄道ファンには末娘のSさん、飼い犬のジョンの人気が高かった。滝越に数件あった宿のうち、最も線路に近いところに位置し、2階の部屋からは線路を見下ろすことができた。現在は高齢のため営業をやめている。

やまねこけん
①宮沢賢治「注文の多い料理店」に登場するレストラン名。英語名 Wild Cat House (シェフは大小二匹の山猫)。②花巻市宮沢賢治記念館の駐車場脇にあるレストラン名。③羅須地人鉄道協会が種山が原で活動していた時期に不定期に現れた屋外レストラン名(シェフは松本典久)

ゆーじこうばい [危]
線路が下ってからまた登り、横から見るとUの字をなだらかにしたような勾配。アップダウンのある丘陵地帯で築堤や切通しを設けず、元の地形のまま線路を敷設したところに見られる。正面から望遠レンズで撮影するとかっこいい。「ミルクを飲みに来ませんか」(鉄道ファン112号)で別海村営軌道の例が紹介された。北海道以外ではあまり類例が無く、専用線では日曹炭鉱、国鉄では標津線にも存在した。

れいろお
国学院久我山高校の鉄道研究会が発行していたガリ版刷りの冊子。1972年夏、珊瑚模型店で古い慶応鉄研の会誌を見て感激した松本典久が鉄研メンバーに提案し、桟敷兄弟の協力を得て実現に至ったもの。第一号は内容のほとんどをこの3人+角田幸弘が書いている。第二号(72年秋発行)からは他の鉄研メンバーも参加し、その後会誌として定着した。鉄研会誌として異色だったのは、初期には研究報告記事に比べて「心象鉄道もの」の比率が非常に高かった点である。

れいろを
杉並鉄道趣味出版会発行のガリ版刷り同人誌。「世紀の鉄道駄本」を自称した。執筆者の多くは発足したばかりの羅須地人鉄道協会若手メンバー。中心人物は当時既に鉄道趣味誌に原稿を持ち込んで公表していたが、一般誌に掲載してもらえない記事も扱う自前のメディアを持つ楽しみを「れいろお」で覚えたことで、それをさらに追求しようと1973年に創刊、5号まで発行された。集まった原稿はそのまま載せていたので、長老から「センスを磨け」と苦言を頂いたこともあったが、商業誌ではできない実験の場として貴重な存在であり、「地サイダ研究」のように30年以上時代に先駆けていた記事もあった。

ろりんぐすとっく  RollingStock(英)
車両全般を表す語。使用に際しては集合名詞なので<uncountable>であることに注意。「SL」誌No7「ペルス鉄道に乾杯」で、文法的に誤った使用例が見られる。



BLW
BaldwinLocomotiveWorksの略。なぜか「びーえるだぶりゅー」と読まれることは少なく、会話では「ボールドウィン」である。


EFPP
ペルス鉄道 ESTRADA DE FERRO PERUS PIRAPORA の略称


IW
「岩崎・渡辺コレクション」の略称


PPA
ぽえてぃっくふぉとアーティスツの略称


VFCO
セントロオエステ鉄道 VIAÇÂO FÈRREA CENTRO OESTE の略称


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